読み返してみたら、論理的にかなりおかしいところがあったので、改稿しました。(10月16日)
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こちらに来て一緒に仕事をしたりしそうになったりしたアメリカ企業の人に何度か「
日本企業はSlowだ」と言われたことがある。(というか、日本企業の人自身が、Execuseとして言っている節もあるのだが。)
■日本企業の意思決定は本当にSlowなのか
■どのくらいSlowなのか
■Slowな原因は何か
■Slowだと何が悪いのか
私自身はアメリカに住んでいるが働いているのは日本企業である。もう5年以上日本企業で働いている私ですら、「はよ決めんかい」と思うことはある。なので、「意思決定が早いか遅いか」と言われれば、決して早くはないんじゃないか、というのが直感的な感想だ。
なぜ日本企業の意思決定はSlowなのか?
私なりの答えの仮説は、
「
そのスピードで、これまでのビジネス環境では十分に生存が可能だったから」
そして更にその理由は、
「
欧米で開発された技術をいち早く取り入れて高品質低価格のオペレーションに乗せる、という戦略を国全体がとっていたから」
ではないかと今のところ思っている。ちなみに、私の日本の国としての戦略に対する見方は、「
日本の競争戦略」にかなり影響を受けている。この本は、わたし的にかなり「膝ポンもの(Copyright SWさん)」の一冊だった。
人間は快楽原則に基づいて生きているので、自分にとってラクな方、気持ちイイ方に流れるものだ、と私は思う。一見ラクそうじゃない方向に動く人がいたとしても、それは、その人なりに気持ちよさを追及したらそうなったのだろう。人間は、自分がやりたくないことはやらない、できないものなので、「嫌だ嫌だ」と言っていて何も変えようとしない人は、それは、何かを変えるために行動するより放っておくほうがその人にとってはラクなんだろう、と。そして、考えることは「労苦」だ。となると、普通の人は面倒なことはなるべく考えたくないはず。
だから、ノンビリしてても生存が可能なら、人間は急いで考えなければ、と思わないだろう、というのがその根拠(…あんまり社会科学的な説明じゃない気がするけど)
日本企業の特徴である「合意の形成」の重視、根回しに時間が掛かって意思決定が遅いのは、ノンビリしていても生存が可能で、「みんなで足並みを揃えて、力を合わせてラインを動かしましょう」という製造業的な企業・時代における最適解だったのではないか。
ちなみに、「ラインがうまく動かない時の責任は、ライン皆のもの。だから一人一人がきちんと自分の役割を果たしましょう」という価値観も、日本企業のもう一つの特徴だが、これも製造業的企業における生産ラインの最適化を円滑にするための手段だったのではと思う(というか多くの論者の指摘するところかもしれない)
日本企業では責任の所在が曖昧なことがよくある。意思決定した時の稟議を通した人がプロジェクトの完遂を待たずに異動してしまい、収拾を付けるのは別の人である事も多いし、運悪く不首尾に終わった場合、「じゃあそれは誰の責任なのか」が分からなかったりする(ここでは、このこと自体の良い悪いはまだ判断しない)
私がB-Schoolの準備コースに留学してケース分析を経験し、いちばん大きなカルチャーショックを受けた点は、
「Caseで起こっている問題は、責任は誰にあって、誰が解決すべきなのか、主語を極力少人数、可能なら一人に限定した上で明記すること」というアメリカのビジネス世界のルールだった。そして、いかに自分が責任の所在が曖昧な世界で生きてきたかを実感したのである。これは、私に限らず、伝統的な日本の大企業で働いている人なら共感してもらえるのではないだろうか?
また、「日本企業で働いていると、リスクを考慮した上でTakeする、という訓練がなされていないから決断できないのではないか」という東恵美子氏の指摘する特徴は、業界全体をまず役所が規制して、業界トップのA社さんが100円ならB社は90円、C社は80円、みたいな、予定調和でビジネスが動いていたという護送船団な環境によるところが大きいのではないか。
「…なんだ、結局、アンタの意見て『これまでの時代の社会環境ではそれが最適解だった』じゃん」と言われてしまうと、まさにその通りで反論の余地はないのだけど、
■今後も日本企業の意思決定は従来どおりでよいのか?
■変わらなければいけないのではないか?
■だとしたら、どんな風に変わって行くのか?
(そしてそこにはITはどういうふうに役に立つのか?)
というのが、私の次のテーマになるのかもしれない。
以下は余談だが、「日本の競争戦略」の原題は「Can Japan Compete?」である。以前、SCMパッケージベンダである某社のカンファレンス告知Webページにデカデカと「Yes, Japan Can Compete」というコピーが出てきたときは、SCMの原点「カイゼン」の会社が最も有名な日本を復活させるのはやっぱりSCMである、というニュアンスが伝わってきて、思わず座布団一枚進呈したくなったことがある(冗談じゃなくて本当にうまいコピーだなぁと感心したという意味)